霧島蒼

2024.10.11

私たちの民主主義が、目に見えない寄生虫に蝕まれている。その名は「思考の寄生」。そして、その宿主となっているのは、私たち一人一人の意識だ。この現象は、単なる比喩ではない。認知科学と生態学の視点から見れば、まさに現代社会の認知生態系で起きている現実の問題なのだ。

デジタル時代の認知生態系

デジタル技術の発展は、私たちの認知環境を劇的に変化させた。心理学者のジェームズ・J・ギブソンが提唱した「アフォーダンス理論」の観点から見れば、SNSという新たな環境は、私たちに特定の行動や思考のパターンを「アフォード(提供)」している。例えば、「いいね」ボタンの存在は、瞬間的な感情的反応を促し、深い思考を妨げる可能性がある。

この環境の中で、「インフルエンサー」という新たな存在が台頭した。彼らは当初、多様な声を社会に届ける存在として歓迎された。しかし今や、その影響力は制御不能な段階に達しつつある。特に政治の世界では、その弊害が顕著だ。

量子的孤独と他責化

この現象の根底にあるのは、「量子的孤独」と呼ぶべき状態だ。社会学者のシェリー・タークルが『一緒にいてもスマホ』で指摘したように、デジタル技術は私たちを「一緒に孤独」にする。SNSを通じて無数の人々と繋がっているはずなのに、真の意味での理解や共感からは遠ざかっている。この矛盾した状態が、私たちの思考を歪めていく。

量子的孤独に苛まれた人々は、自らの不満や不安の原因を外部に求めるようになる。心理学者のメラニー・ジョイ・クライン博士の研究によれば、この「他責化」の傾向は、自己効力感の低下と強い相関関係にある。そして、その矛先として選ばれるのが、往々にしてインフルエンサーや政治家たちだ。

寄生と思考停止

ここから、寄生関係が始まる。人々は、自らの欲求や不満の代弁者としてインフルエンサーや政治家に依存し始める。この依存は同時に、思考停止をもたらす。認知科学者のダニエル・カーネマンが『ファスト&スロー』で説明した「システム1思考」(直感的、自動的な思考)が優位になり、「システム2思考」(論理的、意識的な思考)が抑制されるのだ。

この過程は、進化生物学の観点からも興味深い。人類学者のロビン・ダンバーが提唱した「社会脳仮説」によれば、人間の脳は約150人程度の社会関係を維持するよう進化してきた。しかし、SNSは私たちにその何倍もの「関係」を強いる。この認知的負荷を軽減するため、私たちは特定のインフルエンサーに依存し、思考を委ねてしまうのだ。

妄想の臨界:寄生体の集合現象

そして、この寄生関係が深まるにつれ、「妄想の臨界」とも呼ぶべき状態に達する。これは、寄生体(フォロワー)の集合が生み出す現象だ。社会心理学者のソロモン・アッシュの同調実験が示したように、集団の中では個人の判断が歪められやすい。デジタル空間では、この効果がさらに増幅される。

現実と虚構の境界が曖昧になり、エコーチェンバー効果によって偏った見方がさらに強化される。政治学者のキャス・サンスティーンが『#Republic』で警告したように、この状況は民主主義の基盤である「公共圏」を脅かす。インフルエンサーや政治家は、フォロワーの反応を得るためにより過激な発言を行うようになり、フォロワーもまたそれに呼応してより極端な反応を示すようになる。

宿主の自由意志の喪失

この悪循環の果てに待っているのは、宿主である政治家やインフルエンサーの「自由意志の喪失」だ。哲学者のユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス』で指摘したように、ビッグデータとアルゴリズムの時代において、私たちの「自由意志」の概念そのものが揺らいでいる。政治家やインフルエンサーは、データ分析に基づくフォロワーの期待や要求に縛られ、自らの信念や理性に基づいた行動を取ることが困難になっていく。

結果として、社会全体の利益よりも、特定のフォロワー集団の利益を優先せざるを得なくなる。これは、政治哲学者のマイケル・サンデルが『それをお金で買いますか』で批判した、市場原理の過度な浸透とも重なる問題だ。民主主義が「いいね」の数で測られるようになれば、その本質は失われてしまう。